上を向いて歩こう

心の中の偏見

「障害」という言葉。
私にとっては、受け入れ難い言葉です。
同じ人間が「害」と付く言葉で、相手を名指すのですから。

「聾(つんぼ)の早耳 」ということわざもありますね。
「都合の悪いことは聞こえないで、悪口などはよく聞こえるということ。また、聞こえないのに聞こえたふりをして早合点すること。」という意味です。

最近通い始めた地元の手話サークルの会員のことで、
サークル会長と話をする機会がありました。

西宮市の場合、手話サークルに参科する為には
「初級講座終了した者・または同レベルの者」、「市の聾唖部に入会した者」。
2つの条件があるようです。

私の場合、中途難聴ですので、「市の聾唖部に入会」が条件になるとの事でした。
聾唖協会などは、目標を持った人が加入するものです。義務ではありません。
手話サークルに参加する為に、強引に聾唖部に加入させられるのです。

あまりにも馬鹿げたルールだと呆れました。
手話は、聞こえない人の言葉です。生きていく上で必要な言葉。
その言葉を使う為に、聾唖部への入会金を払わなければならないのです。

現在の仕事、体調の事を考えると、聾唖部での活動にはなかなか参加できません。
となるとどうなるかと言うと、
「聾唖部に入ったんだからきちんと活動してもらわないと困る」と言われるのです。

聞こえる人は、言葉で話す為に、「聞こえる人の部」に入会しろと言うのと同じです。
ルールはルールなのでしょうが、少々納得が行かない状況です。
手話を広めよう・聞こえない人の気持ちを知ろう等々、目標は掲げていますが、
やっていることは相反するものです。

そういうルールが存在するからサークルに聞こえない人が少ないのです。
聾唖部に入りたくない人は、市内の手話サークルに参加出来ないのですから。

話は変わりますが、先週の水曜日に、サークルのクリスマス会に参加しました。
聞こえない子供達も何人か来ていたのですが、自分の中にあった偏見を思い知らされました。

「聞こえない子供の教育」について相談を受けた事は以前記載しました。
確かに、「聞こえる子供」と「聞こえない子供」は育て方も違うと思います。
けれども、気付いたことは、ただ「聞こえない」だけであって、「普通の子供」なのです。

おもちゃで遊んだり、ぬいぐるみと遊んだり、サンタさんに抱きついたり・・・
子供達は、手話を使って何かを伝えようと一生懸命話してくれました。
話が通じて、面白い時は、思いっきり笑っていました。

聞こえない子供も普通の子供です。
これから先、色々な困難があるとは思いますが、あの笑顔を見ると、
「大丈夫だろうな」と思いました。

心配なのはお母さんです^^:
子供は、聞こえない事が当たり前であり、自然な事なのです。
幼くても、聞こえない事をきちんと受け入れて歩いています。


PS.この歌詞ご存知ですか?

『僕らは仁を待ち続けるよ・・・。』
『ずっと・・・。僕と君と仁。』
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by play-ist | 2006-12-17 16:21